第319号 サワーの歴史10
date:2010-05-06
【メッシュ版洗浄機 開発秘話(SC-A01)】
<サワーコーポレーションの設計思想>
東京のお客様や滋賀のお客様からも口を揃えておっしゃっていただいたのが、この洗浄機の設計思想が好きだ、ということです。
お客様方はそういいながらサワークリーンのセミオートタイプを買っていかれました。
その時、そのお客様方に、どんな設計思想を気に入って頂けたのですか? とお聞きしますと、
1. 『地球益につくす』との経営理念がいい。
自分達の事ばかり考えるのではなく、社会貢献思想がすばらしい。
2. 洗浄機が箱で覆われていないのがいい。技術者らしい発想だ。
本来、箱は余分な部材だ。
3. 基本の単純構造に集約されているのがいい。
故障のもとが少なくなる。メンテも自分達で出来る。
と語ってくれました。とても嬉しかったことをよく覚えています。このことで、私達も、これからスタートされるベンチャー企業さんに対して、私達がして頂いたような暖かな思いやりをもって協力しなくてはいけないな、と改めて思った次第です。
<橋本通産大臣の掛け声>
1994年7月1日 橋本通産大臣はオゾン層保護要請会議を開催し不景気で喘ぐ中小企業を中心に要請を掛けられました。約1000社が集まり、洗浄機メーカー約250社が集まりました。大臣はその席上、こう言われました。
「1996年1月1日からトリクロロエタンの生産が中止になる。中小企業の各社は早く液を切り替えてもらいたい。」
大臣の強い要請でしたが、日本はバブル崩壊の真只中です。日本ではトリクロロエタンを1990〜1992年は年間20万トン消費し、そのうち90%は洗浄用でした。
不景気で体力を失った中小企業の各社は塩化メチレンやトルエンへと走りましたが、半田印刷版の洗浄機は改造費だけでも200万円もかかり発癌性の不安もあるため切り換えは容易ではありませんでした。
「大臣の要請でもそんな体力はございません。」と国民と国との間はまさに決裂状態です。
しかしその後の展開がさすがに日本人です。
洗浄液は1,500種類ほど発表され、洗浄機も150社から発表がありました。国の要望に呼応したわけです。
しかし、洗浄現場はどの洗浄機と液を組み合わせたら良いか判らない状態でした。
約150社からの発表があったものの洗浄機は、半田印刷版の洗浄機に関しては、メーカーたちも暫時去って行く、そんな状態でした。
しかし、私達はオゾン層を救うと決意をし、出発した会社です。
最初にハンディタイプを発表し、それで原理を納得して頂き、矢継ぎ早にコストダウン化をはかり機能アップや性能向上に努めてきました。
国内外の各社に真似もされたりもしましたが、模造品が出る頃には既に当社からは新製品が出ていました。
そのスピードがなかったらベンチャーの値打ちがないと思います。
2年目にはセミオート機も発表しました。
セミオートになったからといって、お客様に満足してもらうことはできません。どこまで行けばいいのだろうかと、一時は悩んだりもしましたが、お客さまのニーズに合わせることで、私達は次々と新機種を発表することができ、結果的に勉強させて頂くことができたと思います。
サワーの歴史11へつづく。
腱鞘炎から救ったセミオート洗浄機 SC-A01